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2003.10.13

[鯖をかかえて本州横断] 1.583系で回り道

 10月12日、夜、京都駅…。私は京都駅名物の大階段を昇りきり、一番上の広場で月と京都タワーを眺めながら、ベンチでのんびりと休息していました。手元には既に、今夜の急行「きたぐに」の寝台券があります。発車までまだ時間があるので、もう暫く月を眺めていることにしましょうか…。

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夜の京都駅大階段にて

 明日13日の昼から、東京の某所で、某グループの鍋パーティが開かれることになっていました。
 普通の人なら、京都で泊まって明日の新幹線で東京へ…と計画するところでしょうか。しかし、この連休に京都の宿を取るのは大変です。では夜行列車…急行「銀河」で帰るという手段がありますが、東京到着が朝7時過ぎ。鍋会の集合までには未だかなり早すぎです。
 どうしましょう。折角なので、鉄道趣味的に面白そうな列車を選んで、ちょっと回り道して東京まで帰ってみたいと思います。となると…既に定期列車運用が「きたぐに」だけになってしまった583系寝台電車、そろそろ乗りおさめしておきたい車両です。そこで、京都からは「きたぐに」に乗ることに決定、そして新潟から上越新幹線に乗れば、昼前には東京に到着してそのまま鍋会に参加できます。
 待てよ…どうせ新潟に回り道するなら、日本海の新鮮な魚を買って鍋会に持ち込むというアイデアもあります。新潟県内のどこかの朝市に行けば…。そこで「新潟 朝市」でGoogle検索してみたところ、3と8のつく日の朝、直江津で朝市をやっているという情報が見つかりました。
 以上のような経緯で今回の私の旅程が決定しました。京都から「きたぐに」で夜を過ごし、翌13日の朝に直江津で下車、朝市で魚や野菜を仕入れて、特急「はくたか」で越後湯沢、さらに上越新幹線に乗り継いで昼前に東京到着、鍋会へと参加するというわけです。

 夜11時、私は大階段を降り、改札口を通りました。
 「きたぐに」の発車は0番線から、日付変わって0時2分発です。いささか薄暗い0番線のホーム。ベンチに陣取って約1時間のんびりと待ちました。やっと発車時刻が近付いてきて、乗車位置に並びます。時計の針が0時を回り、「きたぐに」の583系電車が目の前に入線してきました。今となっては古めかしい巨大な車体。ドアが開き、早速私は乗り込みました。自分の寝台(下段)に無事潜り込むと、既に電車は動き始めていました。
 鞄の中身を整理して、備え付けの浴衣に着替え、駅で買い込んだおにぎりを夜食に頬張ります。やがて外で車掌の気配が…カーテンを開けて切符を見せ、「明日は直江津で降りるので起こして下さい」と頼みました。あとは寝るだけです。横になってウトウト…記憶に残った駅は米原が最後でした。

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[鯖をかかえて本州横断] 2.大雨の中の朝市

 誰かがお尻を叩いてるな…?
 「お客さん、もうすぐ直江津ですよ」。車掌の声で目が覚めました。結構ぐっすりと眠れたようです。身体を起こし、窓のカーテンを開けると…外は雨降りでした。ううむ、直江津で朝市に行こうと思ったのに雨降りとは…。でも、観光客相手でない朝市なら、雨でも多分やっているでしょう。私は身支度を整えて直江津到着を待ちました。
 6時を少し回った頃にいよいよ直江津に到着です。

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「きたぐに」で直江津到着

 ここに来るのは数年ぶりですが、その間に駅はすっかり新しくなっていました。コインロッカーに荷物を入れてから、私は駅を後にしました。
 ほとんど人通りの無い駅前通りを行きます。雨は本降りでしたが、雪国特有の雁木通り(歩道に面した各家が雪よけの庇を歩道に伸ばしている)のおかげで、雨をよけて歩くことができました。それにしても人の気配が無い朝です。本当にこれで朝市をやるのかな…そう思いながら歩き続け、朝市の会場となる通りにやっとたどり着きました。
 見ると…この雨の中、確かにそこかしこで準備が始まっていました。丸太を組んで大きな屋根を作る店、パイプとシートだけで小さな屋根を作る店、ビーチパラソルだけで小さく店開きをする人…。やっぱり雨の中でも朝市ってやるもんなんだ…。時刻は未だ7時過ぎ、準備が整うのは8時頃と見受けられました。私は朝市の通りを突き抜け、海辺の公園で待機を続けました。

 8時になりました。ではそろそろ朝市めぐり…。この朝市は野菜中心で、魚を売る店は意外に少なかったです。まずは、農家のおばあちゃんに呼び止められ、雨でしっとりぬれた様々な野菜を目にします。「今日は鍋をやる予定で…」と言って青菜を選びます。「昨日の夕方にとったばかりの○○菜だよ」(○○のところは名前を忘れてしまいました)と言われ、ひと束買うことにしました。次に別の出店を覗き、同じようにしてさらに別の青菜を買います。さて、魚は…すぐに目についた魚屋の出店、その前に立つと、魚屋のおじさんが色々とすすめてくれます。鍋に入れたくなる魚は…すぐ目についたのは、かごに三匹ずつ置かれた大きな鯖でした。
 「この鯖を食べたら他の鯖は食べられないよぉ」…確かに、大きくて丸々とした、何とも迫力のある姿の鯖でした。今日の鍋パーティ参加者は5人ぐらいの予定だから、二匹あれば充分足りるか…私は鯖を二匹、800円で購入しました。保冷バッグに入れると、さすがに鯖二匹は肩にずっしりときます。
 さらに、おやつ用に何かあるかな…見回すと、笹団子を売っているおばさんの姿に気付きました。出来立てでまだ温もりが残る笹団子、そしてその横には粽が並んでいます。私は笹団子5個と粽8個を買いました。ふぅ…これで買うべきものは大体揃ったでしょうか。
 次の特急の発車時刻は8時57分です。私は8時半に朝市を後にして、駅への道を急ぎました。雨は依然として降り続き、駅に到着したときには既に服は湿って重くなっていました。

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[鯖をかかえて本州横断] 3.鯖が重いよう~(笑)

 特急「はくたか」の自由席は空いていました。座席を確保して、保冷バッグは床に置きます(僅かずつ水が漏れていたもので…)。空調のおかげで身体が乾いてくると、やっと人心地がつきました。

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朝市で買った野菜(この下に鯖二匹)

 電車はほくほく線を飛ばしていきます。…かつて「電車でGO!」が流行った頃、何回も遊んだ列車です。外の景色を見ると、あのゲームの記憶と実によく合っています(ゲームよりも実物の方が距離は長いですが)。ゲームでも本物でも、この列車の最高速度は時速160キロです。…初めて乗る特急なのに、景色が自分の思い出とリンクしている…。朝食をまだとっていないにも関わらず、車内販売で弁当を買いたいにも関わらず、すっかり、弁当より車窓優先になっていました(笑)。直江津から1時間経過、「はくたか」は越後湯沢に到着しました。

 越後湯沢駅のホームが乗客で一杯になりました。その殆どが新幹線改札へと向かっていきます。
 私も新幹線ホームへと移動し、自由席の乗車位置に並びました。さて…携帯電話を開き、件のグループの連絡掲示板ページに繋ぎます。「越後湯沢で新幹線に乗り換え~鯖が重いよぉ~」と書き込もうとしましたが、キーを叩いている間に、もう東京行きの電車が入線してしまいました。旅行鞄と保冷バッグを抱えてあたふたと車内に乗り込みます。
 通路側の席を確保した頃に列車は発車…私はすぐに携帯電話の文章書きを再開し、急いで送信しました。正常送信完了のメッセージが画面に表示されるのと、自分の車両が大清水トンネルに突入するのとは、ほとんど同時でした。やれやれ…これから高崎まではほとんどトンネルです。私は携帯電話の電源を切り、やっと一息つきました。
 窓の外は暗闇が続きます。車内販売の弁当を買って、食べ終わってしばらくすると、もう高崎到着です。ここからはもう大宮までトンネルはありません。外はどんよりとした空模様。新幹線は単調に走っていきます。ウトウト、ウトウト…ハッと気が付くと、既に新幹線の線路には新交通システムが寄り添っていました。あと数分で大宮です。

 大宮駅のホームに立つと、直江津や越後湯沢と比べて明らかに暖かい空気が待っていました。
 旅行鞄、鯖と青菜の入った保冷バッグ、両方を肩にかけて私は新幹線改札を抜け、湘南新宿ラインに乗り換えました。30分ほど我慢して揺られれば新宿到着です。
 さて、待ち合わせ場所として指定されたのは「新宿アルタの裏」でした。湘南新宿ラインのホームからはかなり遠い場所です。両肩に大荷物を下げて東口を目指しました。身体はもう疲れ、鯖二匹の重さが身にしみます。「なんでアルタ裏なんだよぉ…」と泣き言を言いたくなりましたが、とにかく夢中で東口を抜けて、小雨が降る広場に出て、アルタ前の道路を渡り、裏の道へと歩いていきました。
 やっとアルタの裏口到着です。待つほどもなく、今回の鍋会参加メンバーが一人また一人と集まってきました。時刻は、もう少しで正午になるという頃でした。

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